特別対談 第2回

第2回 : 強い組織は、社員を「右往左往」させる

柳川範之氏(東京大学大学院経済学研究科 教授)
× 杉原行洋(当社代表取締役)

柳川範之氏 柳川範之氏
柳川範之氏
1963年生まれ。東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授。中学校卒業後、父親の海外転勤に伴い、ブラジルで独学生活を送る。大検を受け、慶応義塾大学経済学部通信教育課程へ入学し、シンガポールで独学生活を送る。大学卒業後、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士。
最近の主な関心分野は、法と経済学、働き方改革、AI と働き方、フィンテック。 政府の審議会・研究会メンバーとして政策立案にも参加。勉強法や経済学のやさしい解説を積極的に行っている。著書『東大教授が教える独学勉強法』(草思社)、『東大柳川ゼミで経済と人生を学ぶ』(日経ビジネス文庫)、『経済の考え方がわかる本』(岩波ジュニア新書)等がある。

第1回に引き続き、第2回目は、モチベーション高く、勝ち続ける強いチームを作るためにはどのような意識を持てばよいか、それをどのように評価すべきか、アドバイスを頂きました。

第2回 : 強い組織は、社員を「右往左往」させる

杉:前回、柳川先生は、必要な情報もツールもない、正解が何かもわからない状況で創意工夫を重ね独学でやってこられたと伺いました。この状況は、ビジネス、特にベンチャー企業の経営と似ているところがあるように思います。
ええ、そうかもしれません。
杉:事業には参考書や問題集があるわけでもない。先輩、上司がいたとしても、絶対的に正しい解を与えてくれるわけではない。そもそも何が正しくて何が間違っているかの線引きも難しいため、常に価値観の衝突があります。経営者として最も難しさを感じるのは、それをどう評価すれば強いチームを創れるのかです。
ビジネスは、確かに正解がない場ですね。
その上で、議論を展開するために 3 つの切り口があるかと思います。
それぞれ独立した要素ではなく絡み合うのですが、1つ目は、収益をどの期間で考えるのか。仕事ですから、大前提として、収益をあげないことには話になりません。ただ、その収益を今日、明日の短期で考えるのか、ある程度の長期で考えられるかによって組織の伸びしろがまったく変わってくると思います。
柳川範之氏
杉:そこは私も問題意識を持っているところです。
2つ目は、個々人の熱量をどう見つけ、コントロールするか。それぞれが熱意を持てる強い関心や好奇心、問題意識を持っているかどうか。愉しさでも、怒りでも、どんな方向であれ、強い熱量があることが重要です。経営者は、強烈な熱量を持っている方が多いですが、社員全員に熱量がある状態を創るのは非常に難しい。特に、リーダー層に熱量がないと事業に推進力が生まれにくいでしょうね。
杉:たしかに、熱量は会社を一番シンプルかつ強力にドライブするための大切な要素だと私も思います。
3つ目は、「右往左往」をどこまで許容するか。
杉:右往左往、ですか?
はい。最初から強い熱量を持っている人もいますが、多くの場合は自分の関心がどこにあるのかさえわかっていない。最初から熱量を持てていれば、迷いなく突き進むのでしょうが、後者の熱量の矛先が定まってないタイプの人は、右往左往しながら探すしかない。試行錯誤を重ねれば、少しずつ自分の熱意や興味関心領域の輪郭が見えてくるはずですから。
会社経営上の難しさは、収益と熱量を両方確保しながら、更に社員の「右往左往」をどこまで許容できるかです。右往左往がない組織は結局、トップの想定以上には育っていきません。これも1つ目の組織の伸びしろと関係してきます。
杉:なるほど。収益と熱量を備えつつ、更に仲間が右往左往をできるだけの「余白」を提供しなければいけないと。
はい。上司や周囲が関わりながら、その輪郭を明確にするサポートをする必要があるので、時間も労力もかかります。当然、失敗はつきものになります。これを許容できる体制がある会社は非常に限られてくるとは思いますが、これができる会社は、人が育ち、伸びしろを創り続けることができる。
杉:余白が伸びしろに転ずるポイントがあるということですね。
そうです。熱量という点では、御社のような規模が大きくない組織は有利ですよね。経営者や社員が、それぞれ、どのくらい熱量を持って、何をやっているかが見えるじゃないですか。そういう手触り感があることは大事だと思っています。私は基本的には、会社はもっと小さくなった方がよいと思っているんです。
日本的経営の成功例で言えば、初期のホンダです。町工場で、「みんなでやるぞ」という本田宗一郎の熱量に感化された人たちが組織を自分たちで引っ張っていました。日本的経営の根本はそこだと思います。昔は、大きなビジネスにチャレンジするために、熱量の伝播を犠牲にしてでも、組織を大きくする必要がありました。でも今は技術革新が進み、少人数で十分に大きいビジネスができます。
杉:たしかに小規模でも大きなビジネスを仕掛けられることは、この時代ならではの恩恵ですよね。活かしたいと思います。
一方で、小さいチームでありながら仲間の右往左往を許容できる会社になるには、相当な懐の深さが必要ですね。正直に申し上げて、今その体制ができているかというと、まだまだ足りないと感じます。金融事業において、お客様から、いかなる環境においても結果を出してほしいという「絶対収益(絶対リターン)」とその「スピード」を常に求められるからでありまして、「まずは、個々がプロとして結果を出さなくてはならない」との認識があります。あくまで結果を出した上での余白であり、結果を出さない状態では余白は存在しないのだと思います。
はい。企業であるかぎり、あくまで収益をあげたうえでの、右往左往なのだと思います。
杉:私どもの金融事業に関していえば、株式市場は日本にあるものの、実は世界中から市場参加者が参戦するため、いわゆるグローバルビジネスと言えます。それは厳しいものです。また、どんなにハードな環境においても、絶対収益を追求するビジネスであり、リーマンショックや震災のようなカタストロフィックな環境においても、言い訳は許されません。
一方で、そのような環境で個人のゴールばかりに囚われていると、チームでやる意味が失われてしまう懸念があり、そのバランスが難しいところです。右往左往とも通じるところがあるかもしれませんが、会社が個人に対して「目の前にある個人のゴール」以外にも目を向けさせる必要を感じています。
そうなると、基本は個が結果を出すことをベースにしながら、チームや会社への貢献についても、できる限り拾っていく評価システムになるんでしょうね。ただ、個が絶対に勝つ、という文化があまりに厳しいと、実際にはチームとして動いていても、自分の評価ばかりをアピールするようになってしまうのではないですか?

「個人のゴール」と「チームのゴール」の両立

柳川範之氏
杉:おっしゃるとおりです。その危機意識から「自己育成と目標達成制度」という評価システムを創りました。繰り返しますが、個人ゴールの達成は極めて重要だと思います。個が負けてもチームが勝ちうるというのは空論かなと思います。
一方で、評価軸として、個人ゴール達成度合いを重要ではあるものの1つの要素にすることで、それ以外の要素、チームや会社ゴール達成度合い、文化・価値観の体現度合いなども大いに考慮する制度としました。より広い視野で全体を見渡せる人になってほしいと思っています。
その他にハヤテ賞といって、陰ながら頑張っている人や行為を他薦で掬い上げるような仕組みなどもあります。ただ、なかなか綺麗には動いていないというのが正直なところで......。何かヒントになる視点はありますでしょうか?
個人・チーム・会社への貢献の3つの評価の構成要素は素晴らしいですね。そのほかに、時間軸があるのかもしれません。冒頭に申し上げた短期の収益で考えるか、中長期で収益を考えるか、ということは、「右往左往」を許容できるかの議論につながります。これは、経営者にとっては、悩ましいバランスですよね。ただ、短期収益に視点が寄りすぎると、社員はもちろん、経営者自身にも余裕がなくなってしまいます。組織としてチャレンジしたり、工夫を生み出すための時間や余裕もなくなり、そして、徐々に働いている人も疲弊していってしまう。
感覚的な話になって恐縮ですが、世界的に金銭的な評価システムをどううまく組むのか、経営者は悩んでいると思います。誰からのどういう情報に基づいて、賃金を給与体系を上げ下げするか。360 度評価など多角的視点のフィードバックを取り入れたり、評価材料のための情報をかなり細かく調整していますが、その結果、見えてきたのは、そもそも評価システムに社員の行動すべてを委ねるのは限界があるということです。金銭的な報酬の上げ下げでモチベーションがすべてコントロールできるわけではありません。
杉:当社の社員をみても、モチベーションは人それぞれだと感じます。もちろん金銭的報酬が分かりやすい要素ではありますが、事業のミッションやアプローチする課題に先生のおっしゃる熱量が発生しドライブがかかるメンバーもいます。
そうですね。仕事の先に求める価値を何に置いているかを見極めることは大切です。画一的な評価はそういった意味でも難しい。
そして評価のもう1つの問題は、しっかりしようとすると非常に大きなコストがかかるということなんです。評価のためのコストは馬鹿にならないので、一体何のために仕事をしてるか、わからなくなっているという話を結構聞きます。しかも、評価のためのコストから組織をドライブするアイデアが生まれることは少ない。

スピードと結果の求められる事業で、あえて「プロセス」を評価する

杉:画一的な評価の難しさと、一方で多元的評価のコストにかかる問題は悩ましいところです。先述の「結果」と「スピード」の問題意識にもつながってくるのですが、昨今、投資家が結果を求める期間が年々短かくなってきていると言われています。以前は1年単位であった評価軸が徐々に縮まり、今となっては月次で結果を求める方もおられます。これは、市場全体で言われている傾向であり「ショートターミズム」と呼ばれています。
お客様がショートタームを求められるのであれば、それに応えたいとは思います。しかし、それだけが全てではないとも感じます。画一的要求や評価のリスクですね。例えば、短期的な市場の浮き沈みのみに目を奪われると見失うものがあります。また先生の言う「右往左往」はそこには存在しません。私たちが大切にしている価値感を見失わないためには、求められる結果を出しつつも、並行して目指すべき方向への羅針盤となる最適なKPI(事業の鍵となる先行指標)を設定して走らないと、持続的に会社を築いてはいけません。
今のKPIの話でいうと、大・中目標で利益というゴールは追求しながら、それを実現するプロセスを社内では評価することが大事ですよね。そのプロセスが会社にとって大切な価値や哲学に関係するのであれば、外部の方にもそのことをアピールし、KPIが実現できていることに納得感を持ってもらえると理想的です。
杉:そうですね。我々が大切にしている投資哲学やミッションなどに共感してくれるお客様を探していかないといけません。また、単に事業をまわしていくだけではなく、足元の収益を確保しながら違う時間軸も混ぜて、画一性のリスクを減らすために適切なKPIを設定し達成していくというのは、まさに事業を創造していくことだと理解しました。
そうかもしれません。よく見られるのは、「ある領域で収益を確保するが、その時間は、全体の7割のみ。3割は冒険的なことをやってみる」という形でバランスを取る仕組みですね。それを実現するためには、当然、7割で事業が成り立たないといけないわけですが。
そこで生まれた余裕から、多少の右往左往を許容する時間を生み出し、会社がきちんとそれを見て評価してあげられるとベストです。3割で冒険的なことをやってみるというのは、本来のベースの7割にとってもプラスになる場合も多いですから。
杉:そう思います。私たちは、まさにそのステージにトライしようとしているところです。これまでは、ギリギリの最小構成人数で会社を運営してきましたが、ここ2年で一気に社員が2倍になりました。現在の業務において引き続き結果を出しつつ、新しいことを生み出したいと考えたからです。このことは、社員一人一人の余裕にもつながるのではないかとも考えています。
チームがその余裕をしっかり提供できるようになれば、最終的には、社員が自分で選択肢を考え、選んで、行動できるようになると考えています。
先に出てきた目標達成制度において「自己育成」という言葉を使っていますが、「勝手に育っていけ」という意味ではありません。自分でゴールを設定し、ゴールに向かって自分でチャンスを創り、選択と決断ができる人になってほしいという想いがあります。まさに、柳川先生のように、どんな環境でも、限られたリソースをフル活用しながら、創意工夫で解決できるような人です。そういう人を成長させるための「右往左往」をどう許容し、そのプロセスをどう評価するかをもっと考えていきたいと思います。

第3回は、金融業がITシステムの進歩によりどのような変貌を遂げていくか、そのために組織の在り方にどのような変化が求められるか。将来に向けて、新しい事業の可能性について、お聞き致します。

第3回「非金融業界から、バラバラな専門性をもったプロフェッショナルが集まる理由」へと続きます。